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有村 英仁(HIDEHITO ARIMURA)
<私のプロフィール>
1983年ヴラディミール・ホロヴィッツ初来日時のTV放映で彼のワインレッドのボウタイを目にしたことにより、手結びボウタイを知る。
1989年の彼の死をきっかけに翌年の1990年、彼の影を追い求め、自身もボウタイ愛好家となる。
2009年6月、ボウタイコレクションが100本を突破した直後、自ら鍵盤を3列水平ウェービング状にデザインした“ホロヴィッツU.S.デビュー80周年記念カルメンボウタイ”がシカゴROBERT DASKAL社で製品化され、最初の1本をホロヴィッツの調律師だったフランツ・モアさんに送り、大変喜ばれ、そのボウタイとともに映った画像が送られて来る。
2010年5月、当“ホロ爺のボウタイショップ”WEBを立ち上げ、通販を開始、“ホロ爺ブログ”を始める。
2011年7月、ホロヴィッツが1970年代後半から1982年まで愛用していた鍵盤柄の"HOROWITZ 1977"復刻の夢が叶う。以来、数々のピアニスト、ホロヴィッツファンに愛用されると同時に、新製品をマイペースで発表し続け今日に至る。

*生まれ/鹿児島県
その後、旭川市、長崎市、那覇市、福岡市、浜松市、延岡市、宮崎市などを回りました。
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ボウタイの起源を知る重要な証拠となる絵がここにあります。

狩場の休息カルル・ヴァン・ロー、1737年



現在、ネットでタイ(Tie)の起源を調べてみますと、ネクタイが17世紀にルイ14世を守るためにフランスを訪れたクロアチアの兵士が首に巻いていたスカーフがその起源(現在、フランス語でネクタイがクラバットと呼ばれるのもそのため)で、ボウタイがその後の19世紀後半にイギリスでクラバットの結び目のみを残したものと、多くのボウタイを扱っているショップのHPに孫引き状態で掲載されていますが、1737年に描かれたこの絵はその説が間違いだということを如実に示しています。上の絵の上をクリック、さらに出てきた絵をもう1度クリックしてそこにいる人物たちの胸元をご覧下さい。

フランスの貴族達を描いたカルル・ヴァン・ローのこの絵に登場する男性達の胸元を見ると、明らかに現在の手結びボウタイと全く同じ形状のリボンが結ばれています(結ばずに垂らしたままの男も見られます)。しかも、男性だけでなく、金色のボウタイを締めた女性も見受けられます。現在のボウタイと異なる点は、このタイの首の後ろ側も、当時、流行っていた長髪をこれまた大きくリボン結びで束ねていて、前後とも言わばダブルボウタイになっているようです。

ここにおいてボウタイの起源は、19世紀後半のイギリスではなく、それより150年近く前の少なくとも18世紀前半のフランス貴族社会ですでに生まれていたという証拠がここに歴然とあるのです。文献で調べると、すでに17世紀のルイ14世統治のころから生まれていた雰囲気があります。つまり、ネクタイと発生時期はほぼ変わらないのです。

衣装を止める方法としてのボタンやホックの登場よりも遥か以前から用いられてきた紐のリボン結び。この絵に見られるこれらの貴族たちのボウタイが優雅で粋なのは、Tieの言葉が示すように紐をリボン結びしているしているからであって、その微妙な結び上がりの個性とボリューム感が醸し出すエスプリなのであり、こうして必然的に結ぶように生まれてきたボウタイは、後世に登場するような左右完全対象で薄っぺらく、結ばない"PRE-TIED"蝶ネクタイでは決してないのです。