お知らせ




新年、明けましておめでとうございます!
昨年は当ホロ爺のボウタイショップを御贔屓いただき、誠にありがとうございました。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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*当ショップの商品はシルク100%で、"HOROWITZ 1977"(=デジタルグラフィックプリント)を除きますすべての製品はアメリカのシカゴの工房にてハンドペイントされたものです。

ブログはこちらです。

*We understand English. You can perchase our goods with Paypal and we can ship them internationally. Please contact us.

■更新情報■───────────────(2012/1/20)
当WEB“ホロ爺のボウタイショップ”が、欧米、カナダ、オーストラリア、東南アジア、中国など、世界各国から、英語、中国語で利用できるようになりました。

■更新情報■───────────────(2011/12/16)
“あなたの鍵盤タイ&スカーフ”フォトアルバムのページを更新しました。

■更新情報■───────────────(2011/12/7)
☆在庫あり即納可能商品を更新しました。カルメンボウタイロゴバージョンハプシコード鍵盤ボウタイを追加。

■更新情報■───────────────(2011/11/13)
“あなたの鍵盤タイ&スカーフ”フォトアルバムのページを更新し、安西創さん、“伊賀あゆみ&山口雅敏”さん、エフゲニー・キーシンさん、吉田秀晃さんのフォトをアップました。

■新製品情報■───────────────(2011/11/6)
鍵盤ネクタイに新色の“ネイビー”が登場しました!

ホロヴィッツのボウタイのシェイプに近い剣幅3.5インチ(8.89cm)“カルメンボウタイ・グランディ”のグレーバージョンが入荷しました。

カルメンボウタイのホワイト、ブラック、ボルドーバージョンが再入荷しました。
“在庫あり即納可能商品”のカテゴリーへ

■更新情報■───────────────(2011/8/4)
ボウタイ及びポケットスクウェアー2本までの配送方法に、送料120円!の格安な“定型外普通郵便”と、280円“特定記録郵便”を追加しました。

■新製品情報■───────────────(2011/7/16)
"HOROWITZ 1977"の発売を開始しました!
ホロヴィッツが、1970年代後半に締めていた縦柄の鍵盤ボウタイをリメイクし、復活させようという長年夢に描いておりました“プロジェクトH”がついに完結、40本入荷しました!商品名は、“HOROWITZ 1977

左/“オリジナル・ホロヴィッツ1977”、中/完成品(右利きで結んだ場合)、右/〃(左右逆に持って結んだ場合)
*この"HOROWITZ 1977"を復刻するまでのいきさつを綴ったエッセイ→「翁の蝶(ホロヴィッツに捧ぐ)
“ホロヴィッツ・リバイバル・シリーズ”&“在庫あり即納可能商品”のカテゴリーへ

■更新情報■ ───────────────(2011/5/15)
とても気品高い“スカルラッティ&バッハ”特別ロゴのボルドー色バージョンの鍵盤ボウタイが登場しました!

カルメンスカーフの新色バージョン、ダークグリーン、ラベンダー、オレンジが登場しました!

鍵盤スカーフのカテゴリーへ

■更新情報■ ───────────────(2011/3/23)
クレジット決済(VISA, MASTER, DINERS)コンビニ決済(ローソン、セイコーマート)を導入し、よりお求め易くなりました。

■更新情報■ ───────────────(2011/2/20)
カルメンボウタイに新色のネイビーが登場!

ホロヴィッツU.S.デビュー80周年記念鍵盤ボウタイのカテゴリー> ホロヴィッツU.S.デビュー80周年記念鍵盤ボウタイ・グランディータイプへ

ホロヴィッツU.S.デビュー80周年記念鍵盤ボウタイ・グランディータイプ(剣幅3.5インチ=8.89cm)

■更新情報■ ───────────────(2011/1/22)
カルメンスカーフの新色バージョン、ブラック、ネイビー、ベージュ、アイボリーが登場!


鍵盤スカーフのカテゴリーへ

■更新情報■ ───────────────(2011/1/10)
“あなたの鍵盤タイ&スカーフ”フォトアルバムのページを更新しました。

■ブログ情報■ ───────────────(2010/8/25)
ピアニストの山口雅敏さんがご自身のブログ"Piano Play Piano"にて、カルメンボウタイを紹介して下さいました。→ "Piano Play Piano"

■マスコミ情報■ ───────────────(2010/8/20)

ヤマハミュージックメディア月刊ピアノ9月号巻頭のカラーページの特集/“ピアノに似合う服‐色・形”に、ホロヴィッツアメリカデビュー80周年記念ボウタイ(カルメンボウタイ)・ピアニストバージョンを愛用されている高木竜馬さんの画像とインタビュー記事が掲載されました。

■更新情報■ ───────────────(2010/8/21)
“あなたの鍵盤タイ&スカーフ”フォトアルバムのページを新設しました。

■商品情報■ ───────────────(2010/6/1)
ピアノの前身楽器であるハプシコード(チェンバロ)のピアノとは逆パターンのカラーの鍵盤タイが完成しました。 右利きで結ぶと 1685-1757 Domenico Scarlatti、 左利きで結ぶと 1685-1750 Johann Sebastian Bach のロゴが表に出てきます。
ハプシコード鍵盤ボウタイのカテゴリーへ

■商品情報■ ───────────────(2010/5/11)
鍵盤スカーフに待望の90cm×90cm大判スカーフが加わりました!
鍵盤スカーフのカテゴリーへ

■当店のボウタイにつきまして■
当店のボウタイは、pre-tied(作り結び&ホック式)カテゴリーにありますボウタイを除き、すべて本格的手結びボウタイです。そして、首周りのネックサイズは、ネックアジャスターで自身のサイズに調節可能です。また、蝶の大きさは、剣幅の大きさが2.5インチ=6.35cmレギュラータイプと、3.5インチ=8.89cmグランディタイプの2種類があります。

左から、レギュラータイプ/グランディタイプ/pre-tied(作り結び&ホック式)の2.5インチ=6.35cm

■本シルク製品のクリーニングにつきまして■
ドライクリーニングをお薦めします。 その際、必ず、本製品が手染めのシルクであることをお伝え下さい。そのことによって、業者が強い化学薬品は使用すべきではないことを理解すると思います。本製品の色素はスチームで定着させており、高品質なドライクリーニングにより、色彩の鮮やかさを保てると存じます。

■ボウタイの結び方につきまして■
ボウタイには”HOW TO TIE A BOWTIE”(ボウタイの結び方)の図解マニュアルのプリントを同封させていただきます。その図解はこちらです。

それでもわかりにくい場合は、YOU TUBEにて、“HOW TO TIE A BOWTIE”で検索してみて下さい。以下のものを含め、沢山の動画がアップされています↓。
http://www.youtube.com/watch?v=p6oFARi_z2M&feature=related / http://www.youtube.com/watch?v=VJv4Qh7zR3E&feature=fvw

■ご注文品の納期につきまして■
商品は、基本的に受注生産となり、1週間に1度、ご注文をまとめて、シカゴのメーカーに発注をかけております。その後、現地にてハンドメイドで製作し、2〜3週間で完成品が到着しますので、長い場合にはおよそ1ヶ月かかります。少々、のんびりとお待ち下さい。早めに送れる在庫のあります商品は、左の「☆在庫あり即納可能商品」のカテゴリーにあります。

■カラーバリエーションにつきまして■
カラーは、以下の色がございます。
01.ピアニスト(ホワイト),02.ブラック,03.スペシャルブラック,04.グレー,05.フレンチブルー,06.オーシャンブルー,07.グリーン,08.マスタード,09.ボルドー,10.ピンク,11.オレンジ,12.ダークグリーン,13.オリーブグリーン,14.レッド,15.イエロー,16.ブラウン,17.ブロンズ,18.ネイビー, 19.ベージュ,20.ラベンダー


<ごあいさつ>
いらっしゃいませ。
「ホロ爺のボウタイショップ」にお越しただきまして、誠にありがとうございます。

1983年に初来日しました史上最大のピアニストのヴラディミール・ホロヴィッツが、成田国際空港到着時に締めておりました深紅のボウタイをテレビで見ていた私の目に強く焼き付いたのをきっかけとして、1989年の突然の他界が、直接の手結びボウタイ愛用者への変身の動機となりました私も、早いもので、2010年6月に、ボウタイ着用20周年を迎えるに至りました。

2009年の春、ボウタイコレクションがついに通産100本に達しました直後に、私のホロヴィッツに対する想いを形にしてデザインしました“ホロヴィッツU.S.デビュー80周年記念ボウタイ(通称、カルメンボウタイ)”が、同2009年6月、アメリカ・シカゴのタイメーカー、ROBERT DASKAL社により製品化されました。

“ホロヴィッツU.S.デビュー80周年記念ボウタイ(通称、カルメンボウタイ)”デザイン原画

私がこの鍵盤ボウタイにかけた思いは、確かに現存したこの不世出の史上最大のピアニスト、ウラディミール・ホロヴィッツのロマンティシズムを、彼の愛したボウタイを通して後世に伝えたいというもので、特にこの鍵盤ボウタイのホワイトのバージョンは、“ピアニスト・バージョン”と呼んでおり、世界中の彼を崇拝するピアニストに、彼らのステージ上で締めてもらい、聴衆に伝えていって欲しいと願い製品化したもので、右利きで結びますと、“VLADIMIR HOROWITZ/1903〜1989”のロゴ文字が、そして、左利きで結びますと、“BIZET-HOROWITZ/CARMEN VARIATIONS”の文字が表面に出てくるようになっております。こちらは、ホロヴィッツがピアノ独奏用に編曲したつまりビゼー作曲の“カルメンの主題による変奏曲”の曲名で、これを印字しました理由は、ここ数年、ホロヴィッツが編曲した超技巧的で有名なこのアンコールピースを、今は亡きスルタノフを始め、ヴォロドスマツーエフなどの男性ばかりでなく、ユジャ・ワンなどの女性ピアニストもステージで弾き始め、ついには、私が特に好きなエフゲニー・キーシンまでがアンコールで弾き出したことに大きな驚きと喜びを感じ、できるなら、彼らにこのタイを締めてもらい、ホロヴィッツのリバイバル・ムーヴメントを後押ししたかったことにあります。


*キーシンの弾く“カルメンの主題による変奏曲”

“ホロヴィッツU.S.デビュー80周年記念ボウタイ”
これが結ぶ前の形です。ホワイトのピアニスト・バージョンをクリックしてみて下さい。拡大したロゴが見られます。




その私のボウタイを作ってくれていますアメリカ・シカゴのROBERT DASKAL社がボウタイ、ネクタイを製作する工程をアップした動画をYOU TUBEで見ることができ、それはもう、非常にファンタスティックです。その工程は、鯉のぼりよりも広大なまっさらなシルク地に、いくつもの同じ図をハンドペインティングでデッサンし、着色してから、高音スチームで定着、水洗い、乾燥、それからボウタイ型にカッティングして表と裏を縫合して出来上がり。その手法がこの動画でつぶさに見られます。




動画をご覧のように、上のようにして作られています鍵盤ボウタイ始め、ネクタイ、スカーフ、ポケットスクウェア、ここに出品されています"HOROWITZ 1977"を除くすべての商品は、シルク100%オールハンドメイドで、シカゴの美術専門学校出身の女性アーティストのHANNAがすべて手書きしておりますが、上に貼ってあります私の原画を忠実に再現して描いてくれている鍵盤ボウタイの1本1本、描かれている鍵盤のカーブ具合などが微妙に違っていますので、それぞれ、世界に1本しかないタイということになります。
ロゴ入りの鍵盤ボウタイは、この上の工程で完成した後、さらに別の場所にある“スクリーンハウス”に持って行って、スクリーニングと呼ばれる技術が施され、綺麗にロゴ文字が印字されてシッピングされます。

2009年の6月に、この鍵盤ボウタイができましてから、私が数年前からやっておりますmixiのサイトに画像を載せましたところ、私のホロヴィッツ関係の友人知人以外でまず最初にこのボウタイが欲しいとコンタクトを下さった方は、ボウタイコミュニティから来られた東京のアコーディオニスト安西はじめさんでした。(安西さんはなんとボタン式アコーディオニストでした。)そして、安西さんのまたお知り合いの大阪のアコーディオニスト華乃家ケイさん&福人さんのお二人がご希望され、いずれもロゴなしの物を作り、送らせていただきました。なるほど、アコーディオンも鍵盤楽器だったではありませんか!皆さん、それぞれ、ご自身のホームページやブログを持っていらっしゃり、 そこに鍵盤ボウタイを着用された嬉しい写真の数々を時々アップして下さり、自分のデザインしたボウタイが、特にホロヴィッツファンというわけではなく、直接会ったことのないプレーヤーの方々のパーフォマンスの場で愛用されているという、今まで体験したことのない喜びを知り、もっと多くのこの鍵盤ボウタイを気に入ってくれる方々に使ってもらいたいという感情が湧いてきて、近い将来、ロゴ入りロゴなしの両方を用意したネットショップを作ろうという考えが生まれました。

また、鍵盤ボウタイを見られた別の女性の方からは、鍵盤のスカーフと、プレゼント用の普通のネクタイバージョンを作って欲しいというリクエストをいただき、ARLENEとHANNAと私とでアイデアを出し合って新しい製品である“カルメンスカーフ”と、“鍵盤ネクタイ”を誕生させました。新しい製品が送られてきて、その封を初めて開けて見る喜びは、それはもう格別で、注文されたお客様の喜ばれるお声を一刻も早く聞きたいと思うのです。

今後、これらの製品が、多くのホロヴィッツファン、ミュージシャン、パフォーマー、ボウタイ愛好家、そして鍵盤ラヴァーズ、その他の方々に愛されることを心から願ってやみません。 

                               (2010年4月吉日 店主敬白) 

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<“ホロヴィッツU.S.デビュー80周年記念ボウタイ(通称、カルメンボウタイ)”のできたいきさつ>
ホロヴィッツがアメリカデビューを果たしましたのは、1928年1月12日のカーネギーホールでのビーチャム卿指揮のチャイコフスキーピアノ協奏曲第一番でした。つまり、80周年は、2008年となります。実は、私がこの鍵盤ボウタイのデザインをしましたのは、ボウタイが完成した2009年ではなく、その前年の2008年の2月、私がユーザーであったアメリカ他社のボウタイメーカーが行ったデザインコンテストの募集をネットで知り、即座にデザインしたものが上にあります原画で、そこに書いてありますロゴは、“80th/since Horowitz's 88 debut in U.S.”となっていました 。タイムリーにホロヴィッツのU.S.デビュー80周年にあたり、これを逃す手はないとばかりに、勇んで応募しました。アメリカ人ならば、フーバー、カーター、レーガンと3名の大統領からホワイトハウスでの特別演奏会を依頼されたほどの国宝的なピアニストの80周年を記念したデザインを振り落とせるはずがないと高をくくって、3ヶ月も後の5月の発表を心待ちにしておりましたが、結果は見事落選。応募総数は100件を越したとのことでしたが、「ホロヴィッツはあなたの国にとって、その程度のピアニストだったのですか?」と、深い疑問が生じ、この決定に私は到底、納得できず、応募したこのデザイン原画の意匠権、使用権はデザインした私本人に帰することをしっかり念を押し、その後同じくアメリカの4件のメーカーに当たりましたが、これもなかなか相手にされず、とうとう80周年の2008年は明け、2009年に突入、切れの悪い81周年となってしまいました。

もうこれで万事休すか、と諦めかけていたところ、2009年のゴールデンウィーク中にネットでふと見つけた6件目のシカゴのこのROBERT DASKAL社の代表のMrs.Arlene Bunis Daskalにダメもとで、自分の意図するところを書きメールを送り、その翌日に帰ってきた返信が明らかに他社とは反応が違っていて前向きだったので、再度、送ってみたところ、次の返信にはもう「できます。」という待ち焦がれていた文章がありました。しかも、彼女もホロヴィッツファンである旨が記されてありました。以来、私は彼女を女神と呼び、女神と実に50往復以上のメールのやり取りをし、お互いにファーストネームで呼び合う間柄にまでなり、ついに6月2日、ロゴなし試作品プロトタイプ第1号が届きました。以後、試行錯誤を繰り返し、改良を加え、実に多くのカラーバリエーション豊かな現在の製品の数々を生み出してきました。鍵盤ボウタイのできる以前から、そして完成して今日まで、こと詳しくmixiの日記に記してありますので、mixiのIDをお持ちの方で、もし、興味のあられる方は、どうぞ足あとを付けにおいで下さい。(私のニックネームは“g-ensis”です)


ついに届いた鍵盤ボウタイロゴなし試作品プロトタイプ第1号!


さて、デビュー81年目にできましたこの記念すべき初デザイン1本目のこの3列水平ウェービング鍵盤柄の“ホロヴィッツU.S.デビュー80周年記念ボウタイ(通称、カルメンボウタイ)”の初期のロゴは、現在の”スクリーン”技術による印字ロゴではなく、手書きによるもので、2009年6月に出来上がったロゴ入りのその第一号のロットの内のホワイトの1本を、まず、誰よりも、ホロヴィッツの近くにおられた彼の専属調律師だった元ニューヨークスタインウェイのフランツ・モアさんのニューヨークのご自宅に贈りました。そして、その数日後の7月4日の土曜日の早朝のAM5時40分、出張先の東京のホテルのベッドの中の私の携帯に、メールの着メロが鳴り、寝ぼけまなこで送り先を見てみると、“FRANZ MOHR・・・フ、フランツ・モア〜”一遍で目が覚めました。本文には、大変に喜ばれた内容のお礼が記されてありました。私は、それまで二度、モアさんとお会いし話をさせていただいたことがあるのですが、82歳のモアさんがメールをされるということが、この時、初めてわかりました。さらにその2週間後に、今度は贈った鍵盤ボウタイを締めたモアさんの画像付きのメールが送られてまいりました。


*とても嬉しそうにカルメンボウタイを自慢されているフランツ・モアさん/2009.7.18.

そのモアさんからのメールに、ホロヴィッツの持っていたボウタイについての記述がありました。
V.Horowitz showed me once his collection of more than 200 bow ties.After his death they went to his relatives in Italy.After his daeth I received from Wanda Toscanini-Horowitz the concert stool which was costum made and traveled with us. I miss him very much.
数百本あると言われていたホロヴィッツのボウタイは、彼の死後、私はてっきり、トスカニーニ家のお墓のホロヴィッツの棺の中だと想像していましたが、なんと、イタリアの(ワンダ夫人の方の)親戚のところに渡っていました。(モアさんはドイツ人のため、スペルの間違いが見られますが、ご愛嬌)

1986年、ホロヴィッツ61年ぶりの祖国ロシアにおける帰国コンサートでのモアさんの仕事風景


<ホロヴィッツのボウタイについて>
1983年初来日時のTVで目にした深紅の正にアゲハ蝶そっくりなボウタイ姿の少々悪魔的な微笑みをたたえて空港ロビーに入ってくるホロヴィッツの姿に、しばし目が釘付けになりました。そのイエローの細い水平ラインの入った深紅のボウタイは、今にも小刻みな羽ばたきをしそうな感じがして、厚みがあって、ふんわりしていて、それまで、見たことのないものでした。それがとてもリッチでエレガントな感じがしたのは、そのボウタイが、首のうしろのホックで止める2枚構造のペタッと平べったい出来上がりの蝶タイではなく、胸元でリボン結びに結んでいる事からもたらされるボリューム感からきているというのを、彼の死後、自分が手結びのボウタイウェアラーになって、結んでみて初めて分かったことでした。リボン結びにすると、左右両方に折り返しのループが1対ずつでき、タイ生地が3枚分重なって立体的にふんわりと成型されるのです。

ホロヴィッツは、人々の記憶に残る、ピアノ史上、燦然と輝く名演奏の数々を残してきました。そして、その胸にはいつもあのエレガントなボウタイが極上の結び上がりで結ばれていました。そんな中でも、忘れられないタイの動画の数々が残されています。

まずは、初来日時に結んできた深紅のタイがこれです
http://www.youtube.com/watch?v=zA2OTKvOdL0

続いて、日本でのホテルでのインタビュー時のゴールドのタイ、これは確か、イニシャルのV・Hの浮柄が入っています。
http://www.youtube.com/watch?v=Zu5TpvC-gqE

一度見たら忘れられない鍵盤柄のタイ
http://www.youtube.com/watch?v=O8YybN8vmfg

極上にシックなブラック&ホワイトのタイ
http://www.youtube.com/watch?v=mtpf8q-9UKw

演奏会本番の時にはこれしかしないオーソドックスなグレーのタイ
http://www.youtube.com/watch?v=-yLRY3J49j4&feature=related

私自身は、誠に残念なことにホロヴィッツを生で聴くことが叶いませんでした。が、体調絶不調の初来日から、彼が亡くなる1989年11月までの6年間は、同時代に生きているホロヴィッツの新譜を待って聴くという喜びも味わうことができ、本当に楽しい毎日でした。61年ぶりに祖国ロシアへ帰ってコンサートを行った1986年4月にピアニスト人生で最後のピークを迎えた時期にレコード屋の棚に複数並んだ「HOROWITZ IN MOSCOW」のレーザーディスク盤のモスクワ音楽院大ホールのステージの写真の青いジャケットの光景もよく覚えています。特に愛聴しましたのは、81年のメトロポリタン歌劇場でのコンサートの実況録音の「HOROWITZ AT THE MET」で、弱音と爆音のダイナミックレンジの広さと、音色の多彩さ、音色美、それらの組み合わせが無限に、ドラマティックに、立体的に歌われ展開していくそのダイナミックなピアニズムに完全に虜になってしまいました。その後、目にしたホロヴィッツの動画や画像には、いつもその胸に必ず、あのふんわりとして、華麗でアゲハ蝶そっくりなボウタイが締められていました。そう、ホロヴィッツのあのタイも、彼のピアニズム同様、ロマンティシズムが凝縮されていたのです。私は彼の生前から、彼が亡くなったら、ラストロマンティックと呼ばれる彼のピアニズム同様、あのボウタイも継ぐ者がいなくなって、絶滅してしまうと考えていました。

グレン・プラスキン著の伝記を読むと、ロシア生まれのホロヴィッツのボウタイの趣向は、ロシアピアニズム史上の名指導者であったゲンリッヒ・ネイガウス(ブーニンの祖父で、リヒテルの師匠)の影響を受けたらしいと推測され、このような記述がでてきます。「30歳の美男子ノイハウス(ネイガウス)は、理路整然たる教師で、自我を抑えた機知に富んだ人物だったが、“まるで異国の蝶のような派手なネクタイをする癖があった。”」 そして、さらに私がその源流をたどってみると、やっぱり、フランツ・リストにたどり着きました。ボウタイは1850年代に登場してきておりますので、1811生まれの1886年没のフランツ・リストが壮年のあたりから締め出したと推測しているのですが、これは想像の域を出ません。しかしやっぱり、

ホロヴィッツのあのボウタイに込められたロマンティシズムも、リストから受け継がれて来ていたものだった・・・!?

そして、1989年11月1日は突然にに来てしまいました。ホロヴィッツ逝去。あまりに寂しくぽっかりと心に穴の開いてしまった私は、大トスカニーニの娘である彼の未亡人ワンダ・トスカニーニ・ホロヴィッツ宛に手紙の文章を書くなどという暴挙に出ようとしておりました。「ホロヴィッツの魂をずっと忘れないように、彼のボウタイを1本でも良いから譲って下さい。」
そして、しばらくして、やっと、直接会ったこともない私などより、長年の連れ添いを失った夫人の心の中の悲しみに思いが到り、英訳するのをやめてしまい、結局、送らずじまいでした。あんなボウタイは今後、まして日本で、多分、他では二度ともう見る機会はないでしょうし、音楽界のステージのボウタイは、すべて、いつ付けても左右完全対象で、同じ表情の出来上がりホック式の簡易蝶ネクタイばっかりとなり、手結びボウタイは絶滅の一途をたどるかもしれないとの思いから、いっそのこと、自分で始めようと、決心をしたのが、翌年の6月の梅雨のことでした。以後、ボウタイ愛好家、コレクターの道をまっしぐら、エルメス、ポロラルフローレン、ロバートタルボット、ポールステュアート、ブルックスブラザーズ、ビュータイズなど、いつのまにやらコレクションは100本を超えました。案の定、彼の死去以来、ホロヴィッツのものと同等以上に素晴らしいボウタイをした人を見かけることはなくなってしまい、アラウ、ゼルキン、リヒテル、ミケランジェリと、ピアノの巨匠と呼ばれたピアニスト達も相次いで他界していったのも相まって、ホロヴィッツがこの世にいないことがとても寂しく思えました。そんな中で、私の中で、ホロヴィッツに因んだ鍵盤柄のボウタイを作らせたいという考えが起こってきました。ホロヴィッツは音楽界だけでなく、ボウタイシーンでも、かなりの貢献をしたはずで、彼のボウタイを見たことで、自らがボウタイ愛好者になった私のような者は、きっと世界のどこかにいるはず。2003年ホロヴィッツの生誕100周年にさえ、何もしなかったアメリカのボウタイメーカーの代わりに、彼が初来日した時に放映されたボウタイにビビビッときてしまった人間がやるしかあるまいという信念を持ちながら、ホロヴィッツ没後20周年にあたる昨年2009年、ついに自分がデザインしてホロヴィッツに捧げた鍵盤ボウタイが、そして私のボウタイウェアラー20周年にあたる今年2010年で、当サイトが日の目を見ることとなり、非常に感無量です。これで、自分で締めるだけでなく、手結びボウタイを普及させる足がかりを作ることもできました。今後、この鍵盤ボウタイをより普及させるだけでなく、新しいデザインを徐々に発表していくつもりです。


<“ホロヴィッツU.S.デビュー80周年記念ボウタイ”の船出>
“ホロヴィッツU.S.デビュー80周年記念ボウタイ(通称、カルメンボウタイ)”は、まだ船出したばかりですが、それにかけた私の思いは、誕生してから、わずか2ヶ月ちょっとの昨年8月末に、イギリスリーズ国際ピアノコンクールにおいて、その階段を登り始めました。スポットライトの当たるそのステージの上まで連れて行ってくれたのは、2005年ロシア・キエフでの第6回“若いピアニストのためのヴラディーミル・ホロヴィッツ記念国際ピアノコンクール”のジュニア部門優勝者であった16歳高木竜馬さんでした。後援者の方を通じてこのピアニストバージョンの渡った竜馬さんは、その後も数回に渡り各地のステージ上で着用し続けてくれており、楽譜の出版されていないホロヴィッツ版のM. ムソルグスキー作曲の組曲「展覧会の絵」を披露されたりと、その動向から目を離せません。

高木竜馬さん with カルメンボウタイ&ポケットスクウェア/紀尾井ホールにて

撮影:三好英輔 氏


<ショップ名の由来>
ホロヴィッツが亡くなってもう20年以上が経過しているわけですが、存命中の彼を知らない、彼の亡き後に彼の録音や動画などに接した今日のヤングジェネレーションの皆さんは一体、どんな感想を持っているのでしょうか?もしかして、ホロヴィッツのピアニズムは昔の古いスタイルで、過去の人、と、ドライにかたずけられてしまっているのではないのだろうかと半信半疑に思っていましたところ、「ニコニコ動画」(通称・ニコ動)なる若者に人気のある動画投稿サイトに行き当たり、「ホロヴィッツ」で検索してみましたところ、いくつかの彼の有名な演奏の動画がアップされておりました。そららを再生して見たところ、多くのコメントがテロップとして流れてきて、多くの若い視聴者がどのような感じ方をしているのかが、手に取るようにわかり、そして、嬉しいことに、それは、彼らよりもかなり年配の私が感じていることと同じように、彼らのまだ若い目、若い感性からしても、驚きと感動を持って受け入れられていて、確実にホロヴィッツファンが増えているということが実感でき、大変喜ばしく思いました。首を縦に振り、うなずきながらそれらのコメント付きの動画を楽しんでいる自分がいました。その中で初めて発見した“ホロ爺”という呼び方に、彼らなりのホロヴィッツへ対する愛情と驚きと憧れを感じ取り、この愛称を頂戴しました。

この1978年ホロヴィッツ・アメリカ・デビュー50周年に演奏されたズービン・メータ指揮ニューヨーク・フィルとのラフマニノフ・ピアノ協奏曲第3番-第3楽章は、コメント数が1200に達し、ラストのクライマックス近くになると感動と絶賛とブラボーのテロップの嵐となります。


6:39あたりの左真横からのアングルで確認できるボウタイの前面の単葉とその後ろのループ、それから、3:30あたりの右斜め後ろのアングルからでも形が見えるその立体感が手結びボウタイにしか出せない味わい、醍醐味、すなわちエレガンスです。


<ROBERT DASKAL社について>
創業者ROBERT DASKAL氏により、1980年代初頭に、1930年代から続くシルクネクタイ製造・小売店を買収しシカゴにて創業、1988年、ハンドペインティング&手縫いシルクタイのジャンルを確立、毎週金曜日にストアに出荷した25種類のデザインのタイは、翌月曜日にはほとんど売り切れるほどに成長、その需要に応えるためにシカゴの美術学校の生徒を雇ってデザインさせ年4回のニューコレクションを発表するスタイルを20年経過した今日まで維持し、ディーラーに送り続けており、その全体はROBERT DASKAL GROUPと呼ばれています。
2003年にROBERT氏死去後、彼の妻ARLENE BUNIS DASKALが社を引き継いで今日に至っています。
ARLENEに聞きましたところ、1994年頃、夫婦で京都にシルクの染色技術の見学に訪れたことがあり、とても良い思い出があるそうで、懐かしがっておりました。
ROBERT DASKAL社ホームページ

当店の手結びボウタイには、剣幅の大きさが2.5インチ=6.35cmレギュラータイプと、3.5インチ=8.89cmグランディタイプの2種類があり、特に幅9cmもあるこのグランディタイプは、結んでみますと、ホロヴィッツのしていたタイとそっくりのシェイプに結び上がります。




カートの中
店主のコーナー
名前
g-ensis
一言メモ
<私のプロフィール>
ある時はボウタイデザイナー、ある時は音楽評論家、またある時はラグタイムギタリスト、そしてある時はベーシスト、かたやある時はコリドラス鑑定家、さらにある時はトンボウォッチャー、しかしある時は私立エルメス元カレ探偵社の不思議な3児の父です(笑)。

*生まれ/鹿児島県
その後、旭川市、長崎市、那覇市、福岡市、浜松市、延岡市、宮崎市などを転々としました。